本日の学びは、因果応報の法則~その5です。
これまで因果応報の法則について書いてきましたが、今回がその最終回です。
今回は『それでも人生は波瀾万丈』
因果応報の法則、別名、原因結果の法則、或いは、作用反作用の法則とも言います。簡単に言うと、善因は善果を生み、悪因は悪果を生む。
京セラ創業者の稲盛和夫さん方式で言うと、善きことを思い、善きことを実行すれば、良い結果に恵まれますよ。即ち人生が好転しますよ。一方で、悪しきことを思い、悪しきことを実行すれば、悪しき結果に見舞われますよ。即ち人生は悪くなって、どんどん悲惨になりますよ、ということです。
ただ、この因果応報の法則は、それが存在することが分かり難いという難点があります。重力の法則だと、例えばペンを持ち上げて、その手をパッと広げると、ペンは手から離れ、床に落ちる。だから重力の法則ってあるんだね、となる。
でも因果応報の法則は、分かり難い。なぜなら因果応報の法則には、それがあることを分かり難くする性質があるからです。
第一に、因果応報の法則では結果が必ずしも直ぐに現れない、と言う性質があります。これは神の慈悲だ、と言われています。
なぜかというと、善いことをして善いことが直ぐ現れるのは良いんですけど、悪いことをした場合に悪いことが直ぐ現れると困ることがあるんです。例えば車を運転している時に、他の車が目の前に強引に割り込んできたとします。すると皆さんどうですか?「あっ! 危ない!」とドキッとした後、腹を立てたりしませんか?つまり怒っちゃう。怒りは悪い作用をもたらします。なので、因果応報の法則が直ぐに働くと、自分が怒ったために、自分が事故しちゃうとか、酷ければ自分の車が爆発しちゃうとか、自分が困ったことが起こっちゃう。原因は自分が怒ったから。でも、それではさすがに人生を生きていけないので、時間を置いてもらって、更生の機会、反省の機会が与えられている、というのです。
なので、因果応報の法則では、直ぐに結果が出ないから、その法則が本当にあるのか分かり難い。これが第一点です。
第二は、因果応報の法則は、運命の影響を受ける。なので、因果応報の法則が本当にあるのか分かり難いんです。
運命というか、宿命と言ったら良いのか、…あるようです。因果応報の法則は、この運命の影響を受けるので、分かり難いんです。
つまり善きことをした結果、因果応報の法則で善き結果が現れるとき、運命が悪い運気だと、因果応報の善き結果が運命の悪い運気に相殺されて、善き結果として現れ難いんです。逆もしかりで、悪しきことをして、因果応報の法則で悪しき結果が現れるときに、運命が良い運気であると、やはり悪しき結果が相殺される。だから分かり難いんです。
ただ、稲盛和夫さんは、この運命と因果応報との関係について、「どうも因果応報の法則の方が、運命よりも影響力が強いようだ」と言っています。だから、どんな運命の持ち主であっても、ちゃんと善きことを思い、善きことを実行し、悪しきことを思わず、悪しきことを実行しなければ、人生は良い方向に、つまり幸せな方向にどんどん変わっていく、ということです。
ということで、因果応報の法則、これはお坊さんの世界のことではなくて、ちゃんと我々の世界に厳然と働いている、ということを理解して、これに乗っかって生きていく。つまり苦しみの原因を創らずに、幸せとか喜びの原因を創るように生きていく。このように生きていくと、自ずと幸せになってきますよ、ということです。
ただ人生は、それでもやっぱり波瀾万丈、色々あるわけです。それが人生です。なぜかというと、我々は何度も何度も輪廻転生してきているわけですが、やっぱり過去世において善い事だけでなく悪い事もしているわけです。例えば、タバコのポイ捨てなんて、今でこそしないと思いますが、昔の人は、昭和の頃の人は、ポイポイ捨ててたんです。ゴルフ場へ行くと、今でもタバコの吸い殻がいっぱい落ちてます。だから、昔は、そんなに悪気なく、タバコをポイポイ捨ててたと思います。これがもっともっと昔だったら、数百年前とか、千年とか二千年前だったら、みんなとても貧しかったので、多くの人が盗みもしたでしょうし、人殺しもしたかもしれません。そういった過去のカルマも出てくるので、今世は、悪しきことをしていなくても、やはり過去世のカルマを解消するために、人生には辛いことが出てくるんです。
今世は、そういった過去のカルマを解消しながら魂を磨いていく。今世は、そういった魂の修行場なので、それも致し方ないかと思います。そもそも楽なことばかりでは成長できません。例えば、学校でいえば、ずっと休みだったら、何にも成長しないわけです。やっぱり色々と授業や試験があるから、成長できるわけです。部活なんかでも、ハードな練習があるから上手くなるわけですし、中間テストや期末テストがあるから、頑張って勉強して、結果、勉強ができるようになる。だから、やっぱり色々と苦難困難があるから魂が成長できるわけです。そして、それがカルマの解消にも繋がりますので、喜んで受け入れれば良いかなと思います。
言いたいのは、結局の所、善い生き方をしていても、人生には苦難困難が色々ある、ということです。大切なのは、それで悩まない。どういうことかというと、善い生き方をしていても、やっぱり問題が起こってくるので、自分の生き方は間違ってるんじゃないかなって悩んで落ち込むんじゃなくて、人生っていうのはそういうもんだと割り切って生きていく。それが大事かなと思います。これを伝えたかったというとこです。そうすれば少しは心も楽に生きていけるんじゃないかなと思います。
日蓮聖人は、こんな風に言っています。「人生とは一冊の問題集である」と。
生きている限りは、色々な苦難困難があります。そしてそれらを経験し乗り越えていくうちに、だんだんと魂が成長してく。同時に過去のカルマも解消されてく。なので、それらを楽しんで、喜んで生きていってくれれば良いかなと思います。
繰り返しますが、因果応報の法則は厳然と働いています。なので、これからは苦しみの原因は創らず、幸せ、喜びの原因を創るように生きていきましょうと。そうすることで、人生はもっともっと楽しくなるはずです。
以上

